ばけみの終活

最後まで明るく生き抜くためのブログ

健康長寿について思うこと

このブログの説明文を

「最後まで明るく生き抜くためのブログ」

としています。

 

20代、30代。

健康体で動けているときは

自分が年老いていく姿を

想像しにくいものですが、

40代、50代。

少しずつ体の不調があらわれると

確実に訪れるであろう

老いへの不安が大きくなっていきます。

 

先に老いていく親の姿と

将来の自分を重ね、

老後のことをいろいろと

考えるようになります。

 

老いと死は避けられない現実ですが、

これからの何十年かを

不安な気持ちで過ごす毎日なんて

まっぴらごめんです。

 

明るく生き抜きたい

という気持ちを込めて

ブログの説明文を決めました。

 

 

健康長寿とは

〜健康じゃないことは罪なのか〜

 

老化の道は避けられないとはいえ

やはりできるだけ

健康な状態で

人生を楽しみたいものです。

 

健康じゃなければ

子どもたちに迷惑をかけてしまう。

終活をしようと決めたきっかけです。

 

残りの人生も終わりのときも

迷惑をかけないように‥‥。

最初はそう思っていました。

 

それでは

健康じゃないといけないのか?

「生きる」ということよりも

健康にのみ気持ちがいってしまってないか?

 

現代の健康ブーム。

 

もちろん健康を維持するために

適度な運動、食生活の改善などを

することは大事です。

 

でも、なにか違うと

感じてしまうのです。

 

こんな話を聞いたことがあります。

 

あるご夫婦。

ご主人のほうは

食事にも気を配り、適度に身体を動かし、

検診もまめに受診して、

健康にはかなり神経を使って

生活をしていました。

 

一方、奥様のほうは

お酒が大好きで

お酒が入るとタバコの本数も増えて

とにかく、賑やかなことが大好き。

 

なんとなく

わかるかもしれませんが、

 

そうです。

ご主人は50代後半という若さで

ガンになり亡くなりました。

 

そして奥様は

ご主人が亡くなられてから

30年以上もピンピンして

生きておられたそうです。

 

まあ、この話は

なかなか禁煙できない友人が

よく言い訳に使うご両親のことです。

 

どんなに気をつけていても

病気にもなるし、ケガもします。

 

コロナウィルスもそうですよね。

手洗い、うがい、三密を避ける。

全て徹底してしていたのに

感染してしまった‥‥。

という話しもよく聞きます。

 

健康であれば、

それだけ行動できることも

多くなるので

そうあることは大事です。

でも

健康体であることを目的にすることは

間違っています。

 

老化現象は必ずおとずれる。

 

老眼、耳が遠くなる、足腰の衰え、

骨粗しょう症、頭の働きが衰え

などなど

 

加熱する健康ブームで

中高年、高齢者向けの

高額なサプリメント

健康グッズの広告って

すごく多いですよね。

 

もちろん、いいものもあると

思いますが、

あまり振り回されず、

冷静に判断して取り入れたいものです。

 

神さまじゃあるまいし

完全な健康体なんてないんです。

 

健康は素晴らしい。

 

だけど、そればかりに力を入れ過ぎないで。

力を抜いていきましょう。

 

 

人は迷惑をかけながら生きている

 

「迷惑をかけたくない」

という思いもあってはじめた終活。

 

まずはエンディングノートを書き残す。

(まだ全然出来上がってないけど)

身の回りの整理、

葬儀、お墓のこと、

お金のこと、家のこと、

いろいろ調べているうちに

 

「迷惑をかけない」

とは、どういうことだろう。

 

人は生きるときも死ぬときも

誰かの手を煩わせ、

助け助けられて生きています。

「迷惑をかけない」

わけはないのです。

 

想像したくはないですが、

想像してみました。

 

もし、自分の子どもが

突然不慮の事故にあい

自分の力で動けない体になったとして、

老いていく自分が

一生、介護をしなければならくなったとき、

その子が

こんなことになって、

親に迷惑をかけて

死んだほうがマシだと考えていると

知ったら。

 

それでも生きてほしいと思うでしょう。

 

極端な例かもしれませんが、

世の中には、そういう家庭もたくさんあって

実際に苦しい生活を強いられている

現実もあります。

 

「老いと死」だけではなく

もともとの障害であったり

病気や事故で

誰かの助けが必要なときもあるのです。

 

ハダカでこの世に生まれたときから、

誰かの手を煩わせ、

世話をしてもらって

生きてきたのです。

それは「迷惑」ではない。

 

「迷惑」とは

他の人に不快な思いをさせる

悪意のある行為のことです。

 

できるだけ健康で生きたい。

誰もがそう願っていますが、

それは自分のため

自分が人生を明るく生き抜くためであって

誰かに迷惑をかけないためではないのです。

 

必ず誰かのお世話になるのです。

 

 

感謝して前に進む

 

とはいえ

お世話になることを

当たり前だと思ってはいけません。

 

自分の子ども

「ここまで育てたんだから、

この先、世話をするのは当然だ」

なんて態度は言語道断!

 

親がこどもの笑顔を見て安心するように

人の笑顔、幸せそうに生きている姿を見て

安心するのです。

 

いつもグッタリ、機嫌を悪くしていたら

心配になるじゃないですか。

それこそ迷惑です。

 

誰かに助けてもらったら

笑顔で感謝して

とにかく前に進もう。

 

前に進むとは

老いていくことなんですが

どうせ生きるなら明るくいきましょ。

 

 

おまけ

 

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平日は、

ほぼフルタイムで働いている

兼業主婦なので

ブログの更新は

週末になることが多いです。

そんな貴重な日曜日に

激しい偏頭痛に襲われて

どうにもこうにも

ブログどころではなくなりました。

今日はだいぶ回復して

出勤しました。

仕事中、空を見上げたら、

(配送業なので、ほとんど外仕事)

雲がすごくキレイで。

昨夜の頭痛で家族には

心配と迷惑‥‥

いやいや迷惑じゃなく

お世話をかけてしまいましたが、

助けられてスッキリして

空がさわやかだと思えて、

このことをブログに書きたいと思いました。

 

 

 

 

 

グレイヘアにはまだなれない

こんにちは、ばけみです。

 

仕事から帰ってきて

急いで夕飯の支度をし、

洗濯物を片付けて、

家族が揃うまえに

ヘアカラーをしました。

 

白髪染めです。

 

仕事柄、髪を結かなければならなくて

数日まえから、生え際の白髪が

気になって気になって

我慢できなくなり

今日こそは染めるぞ

という決意で、

急いで帰宅したのでした。

 

 

この2、3年でグレイヘアというのが

流行しているようですが。

 

「グレイヘア」

 

白髪を生かした自然体なオシャレ。

面倒くさがり屋のわたしには

気になるワードです。

 

 

流行っている理由

 

「ありのまま」「自然体」

が美しいということで

海外のファッション誌で

ありのままの髪色で

オシャレを楽しむ高齢女性を

取り上げたのがきっかけのようです。

 

美を求めて‥‥という理由以外にも

カラーリング剤に含まれる

刺激の強い化学物質による

アレルギー症状で

赤み、かぶれなどに悩まされているかたが

多いこともわかっています。

 

ほかには

介護などで余裕がなかったり

わたしのような面倒くさがり屋とか。

 

 

染めない勇気

 

「グレイヘア」を

オシャレとしてしている人と

染める余裕がないからとか

面倒くさいからという人では

その姿勢から大きく違います。

後者の場合は

「グレイヘア」ではなく、

「白髪頭」という感じ。

 

オシャレとしてグレイヘアを考えるには

「染めない勇気」

みたいなものが必要です。

 

グレイヘアに挑戦するにするにしても

完璧なグレイヘアになるまでには

思った以上に時間がかかりますし、

独自で、ただ「染めない」という

やり方で美しく保つのは

難しそうです。

 

グレイヘアへの移行から

その後のケアまでをしてくれる

ヘアサロンを見つけられるといいですね。

 

 

「ありのまま」「自然体」

といえども

なかなか手がかかるものです。

美に時間とお金をかけられる

ご婦人たちのグレイヘアは

単純に「染めるのやめた」と

いうことではなく、

完全にオシャレという姿勢で

素敵です。

 

わたしの「面倒くさい」という

理由は全く見当違いでした。

 

 

面倒でもヘアカラーし続ける

 

わたしの髪は量が多くて真っ黒。

白髪染めではなく、

はじめてヘアカラーをしたのは

20代半ば。

当時は今ほど髪を

自由に染めている人は

少なかったような記憶です。

 

はじめて髪を茶色く染めたとき、

パァッと明るく軽くなって

気分が上がったのを覚えています。

 

白髪が目立つようになってからは

白髪染め用のヘアカラーになり、

サロンにいく余裕がないわたしは

市販のものを購入して

自分で染めていますが、

やはり染めたときは

気分が軽くなります。

 

年齢を重ねると市販のヘアカラーでは

すぐに白髪が目立ってきてしまい、

今では2週間に一度くらいで

染めなければなりません。

面倒くさがり屋のわたしには

なかなかの苦行です。

 

それでも、この柔らかい感じの栗色が

好きです。

これがわたしの「自然体」

 

いまのところ

染めない勇気は必要ないです。

 

ちなみに

90歳になった義母は

老人会の集まりがあるからと言って

昨夜、孫に手伝ってもらいながら

自分で白髪染めをしていました。

そういえば

義母の白髪をあまりみたことないかも。

気になるとすぐ染めてますね。

 

やはり見た目に若いです。

90歳でも若くいたいというその気持ち

素敵です。

 

グレイヘアを否定するわけじゃないですけどね。

 

若い印象を与えたい‥‥という

女心もかわいいと思います。

 

自分が一番気持ちよくいられるなら

どちらもステキな選択です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古き良き時代をつくる

こんにちは、ばけみです。

 

懐かしい‥‥という気持ちは

それを経験した世代によって

それぞれですが

 

一般的に古き良き時代とは

昭和30年代から40年代

(1955〜1965年)くらいを

さすことが多いです。

 

昭和42年(1967)生まれの

わたしはその少しあとになります。

 

が、東京郊外に生まれ

まだまだ道路も

完全に舗装されていないところも多くて

学校の通学路も

畦道や砂利道が多く

雨の日は道全体が水たまり。

長ぐつの中まで

びしょ濡れで帰ったことを思い出します。

 

自分の幼少期も

古き良き時代にかかってるかなぁ。

 

コンビニやファミレスなども

ほとんどなく

車の交通量も少なく

夜も静かで

夏は遠くでカエルの鳴き声が

うるさいくらい聞こえてきて‥‥。

 

空気感というか匂いというか、

ノスタルジックな雰囲気は

たしかに記憶に焼きついています。

 

色であらわすなら、

古き良き時代は

裸電球の暖かい雰囲気

薄暗いけど家族の温もりを感じます。

 

映画では

ALWAYS 三丁目の夕日

20世紀少年

などがわかりやすいかな。

 

それと比較すると

いまはLEDでクリアなイメージ。

 

裸電球の時代に

生まれ育っていない世代が

それを懐かしく感じるのか

わからないですが、

レトロブームって

ときどき再来しますよね。

 

携帯もなく、

電話や家電も今より性能は低く

不便だったはずなのに

ゆったりとしたその雰囲気を

求めてしまうのでしょうか。

 

若者がそんな感覚を持っているとしたら

少し嬉しい気がします。

 

  

新型コロナ感染拡大前に感じてたこと

 

 

2020年 コロナ禍

 

世界的にも

歴史に残る時代を生きています。

2020年がこんな年になるとは

誰もが想像していなかったでしょう。

 

こんなことになると思っていなかったとき

しみじみ感じてたことがあります。

 

・古き良き時代に幼少期を過ごした記憶を

 懐かしく思い出せる感覚

・2020年オリンピックイヤーに

 体の衰えは感じつつも

 新しいことが起こるワクワク感。

 

50代の自分は

今が両方を味わえるときで

素晴らしい年になるんじゃないかと

思っていました。

 

 

今が一番いい時代にしよう

 

そんな中での

新型コロナ感染拡大

緊急事態宣言

 

今までに経験してことのない

自粛生活。

 

コロナそのものだけでなく、

世の中のしくみにも

絶望してしまっている

暗い厳しい日々ですよね。

 

 

でも、

古き良き時代のあの頃だって

大変なことはたくさんあったはずなんです。

 

戦後十数年しか時がたってなく

必死に働いてもがいていた時代。

まだまだ経済的に苦しい家庭は多く

貧富な差も大きかったのです。

 

光化学スモッグで空が黒い。

水洗トイレも普及してないため

汲み取り式のトイレが多く

臭いも酷く、衛生的でない。

メディアの情報が薄かっただけで

犯罪や事件、災害もたくさんあって、

懐かしい美しい景色だけではないのです。

 

今は人間関係の希薄さのほうが問題ですが、

昔は人間関係が近すぎて

亀裂が生じやすいという問題がありました。

 

古いしきたりに縛られてたり、

我慢することも多かったのです。

 

どんな時代にもいいことも悪いことも

同じくらいあるのです。

 

ノスタルジックな昔を

美しく思い出すのは素敵なことですが、

今のこの時代もときが流れれば

間違いなく古い時代となるのです。

 

2020年を含める今も

古き良き時代にするのは

今を生きている人です。

 

コロナ感染拡大の不安、

経済的な不安

これから起こる事件、事故、災害への不安

人間関係関係の不安

つらい、苦しい、わたし自身も同じです。

 

不安に目を向けると、心が圧倒されて

息が苦しくなります。

 

でも、起こるものは起こる。

その中でも見失いそうな明るい希望は

必ず、たくさんあるはず。

 

技術の進歩、医療の発達

きれいな水が飲めて、

安くて美味しいもので溢れている。

娯楽もたくさん、おしゃれも自由。

 

誰もが自由に学び、移動し、行動できる世の中。

本当はいい時代です。

 

時が過ぎ、

「あのとき大変だったけど、

なんとかみんなで乗り越えたね」

「テクノロジーの進歩を

この目で見てきたね」

「楽しいこともあったね」

 

と懐かしく思えるように

今をたくましく生きていきたいですよね。

 

そんなの難しい。

その通り、現実は厳しい。

 

それでも、立っていないといけない。

進んでいかなければならない。

 

だから、いつも

楽しいことうれしいことのほうに

心を向けて生きていきましょう。

 

希望に向かって生きていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ大掃除はじめますかね‥‥はぁ

ばけみです。

 

掃除が苦手です。

 

嫌いなわけではないんです。

家の中がきれいに片づいていれば

気持ちいいですし。

 

それでも困ったことに、

ズボラなわたしは、

少しくらい散らかっていても

あまり気ならないんですよね。

 

とにかく面倒くさがり屋。

 

毎日、

朝ごはんの支度、お弁当作り、

洗濯機を回す、洗濯物を干す、

仕事に行く、帰宅する、

洗濯物を取り込む、たたむ、しまう、

夕飯の支度をする、洗い物をする、

などなど

 

それだけやって力尽きる日々。

 

子どもたちも手がかからなくなって、

だいぶ楽にはなりましたが、

今は、「ブログを書く」「ウクレレの練習」

が新規参入して

「掃除をする」のスペースはない!

メチャメチャ言い訳ですかねー。

 

それでもやはり

しなければ‥‥

というか部屋はきれいにしたい

気持ちはある。かなりある。

 

で、

10月に入って暑さも和らぎ涼しくてなって、

いやいや、寒くなってきてしまって

早いところ始めないとますます寒くなって

今度こそ腰が重くなってしまうわ!

 

 

そもそも大掃除は必要なのか?

なぜ、わたしはやろうとしているのか?

 

 

大掃除の由来は諸説あるので、

皆さん各自Google姉さんに

聞いてみるとよいです。

ググる‥ってこと)

 

単純に

一年の締めくくりということで

きれいに掃除して

気持ち年明けを迎えたいものです。

 

それじゃあ、年末にやるべきだろー

ってことなんですけどね。

 

 

秋の大掃除のススメ

 

 

12月の終わりなんて忙しいし、

何しろ寒いし、

寒いから体が固くなるし、

水は冷たいし、

冷たいから汚れも落ちにくいし、

厚着してるから動きにくいし。

 

いいこと一つもないです。

 

10月くらいから始めて、

時間に追われず少しずつ進めていけば

晦日はチャチャっと軽く掃除するだけで

オッケー!

 

大掃除はしなければ‥‥

というよりか、

きれいに片付け、さっぱりして

今年もお疲れさん!と締めくくり、

新しい年を迎えたい、

という気持ちの問題。

 

そう、わたしの気持ちは、

「面倒」「苦手」

でも、やりたい!

大掃除はしたいのです。

 

 

では、やりましょう

 

 

大掃除のコツ、大掃除グッズ、

ネットを見れば

あるわあるわ

目からウロコのアイデア

便利なグッズ、

大掃除のスケジュールなど。

 

いや〜たしかにためになる。

素晴らしい。

家にあるもので代用できる便利なアイデア

それは楽しそうに紹介されているけれど、

 

なぜか、そそられない。

見れば見るほど、面倒に思えてくる。

便利グッズ用意したり、

やってみることのほうがダルい。

 

しかも、それを見てるのに

かなりの時間をかけてしまった。

これはいかん。

 

いろんなアイデア取り入れてたら

大掃除の途中で面倒くさくなりそう。

いや、間違いない。

 

で、

せっかくのありとあらゆるありがたい情報は

全てカットしてシンプルにいこう。

 

片付ける (整理整頓、捨てる)

 ⬇︎

履く   (ほこりをとる)

 ⬇︎

拭く   (水拭き、磨く)

 

玄関、キッチン、リビング、寝室、トイレ

など

全ての場所の気になる箇所を

少し丁寧にするだけ。

 

文字にすると簡単に感じます。

 

 

よし、さっそく

 

明日はトイレだけを少しだけ丁寧にしよう。

狭い空間だから集中しやすい。

とっかかりとしてはベストでしょう。

 

サボらないように

終了箇所はブログで記録しよっと。

 

 

 

三世代同居ってどうなの?

ばけみです。

 

三世代同居。

当然のことながら、

良いところも悪いところも

あります。

 

我が家の場合。

 

主人、わたし、子ども4人、義父母 計8人

三世代同居でした。

 

義父が逝き、長男と長女が家を出たので

今は5人です。

5人くらいだと平均的な人数ですが、

8人から5人になると

かなり淋しく感じるものです。

 

今だから言えることですが、

大家族もいいものです。

 

とはいえ、やはり、

いろいろ問題もありました。

 

 

嫁姑問題

 

やはり、元気な主婦が2人家庭にいると

ありますよ。

 

今や90歳と高齢の義母も

同居はじめは60代。

こども1人を育てあげて

気持ちも体力もまだまだ元気。

 

わたしと言えば20代の新米ママ。

自分のやり方でキッチリやりたい

一番尖ってるとき。

 

子育て、家事、季節の行事

やることなすこと口を出され

いつもキリキリしてました。

 

 

 特に子育てに関しては

義母も1人息子の孫でしかも初孫。

かまいたくないわけがありません。

 

わたしは

とにかく手を出してくるなオーラ全開。

可愛げない嫁だったでしょう。

 

正直、早くいなくなってくれないかと

何度思ったか知れません。

  

 

自分の場所がない

 

人数が多いと、自分の家にいながら

気持ちの休まる場所がないんです。

 

義父母も決して意地悪な人ではなく、

むしろ気遣いの人で

本当に優しくしてくれました。

 

でも、当時は

それさえもうっとおしく感じてしまうほど

余裕がないんですね。

 

ひとりでゆっくりお茶をしたくても、

声をかけたほうがいいのか。

ときには大の字になって昼寝したくても

いつ、部屋に入ってくるかわからないから

オチオチ休めない。

 

ほんとーに、ささいなことなんですけどね。

常にイライラしてて、

同居10年目くらいは

自分の性格が

相当ねじ曲がってしまってるんじゃないか。

とにかくストレスがたまっていました。

 

 

 

そうは言っても助けられていた

 

はじめての子育て。

それだけでも必死で、

自分が選んだ人ではない人との同居。

 

あの頃の若かった自分には全く余裕が

ありませんでした。

 

月日がたって義父もいなくなり、

義母もすっかり腰が曲がり

わたしもだいぶ大人になり

 

今振り返ると

もっと甘えて、助けてもらえば

自分も楽だし、喜んでもらえたのに。

 

さすがに4人の子育ては手が回らないことが多くて

結局、助けてもらわないといけないことも

たくさんあって。

 

もっと素直に感謝するべきだったと

後悔することもありますが、

当時のわたしにそんなアドバイスをしても

無理。

あの頃の自分には届かないでしょう。

 

 

 

これからの自分はどうする?

 

では、

自分のこどもが結婚して孫ができたら‥‥

 

わたしは同居を希望しません。

 

三世代の同居は否定しません。

賑やかで楽しい時間もたくさんありました。

 

でも、やはり

今まで出来なかった

自分の思い描いていたスペースを

自由に作っていきたい。

 

息子たちのお嫁さんに

自分と同じ苛立ちや

いらぬ気遣いをさせたくない。

 

核家族やお年寄りの孤独死

世間では問題視されています。

 

それもわかります。

今、90歳の義母と同居していているからこそ

いつも見守ることが出来きています。

その安心感は大きいです。

 

それでも

わたしは自分のスペースがほしい。

 

そう思うくらい

同居が息苦しかったのです。

 

だから

わが子どもたちよ。

 

各自でがんばって

明るい家庭を作ってくれ!

 

ときどき遊びにきてくれればいいから。

母は、健康に気をつけて

ボチボチ生きていくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Google姉さんに聞いてみる

ばけみです。

 

Googleで検索するのが大好きです。

 

世間ではGoogleで検索をすることを

ググる」というようですが、

わたしは「Google姉さんに聞いてみる」

と言っています。

 

Googleが設立されたのは1998年なので

自分の子どもくらいの誕生ですが、

わたしにとっては、

人生の先輩のような存在です。

 

家族との会話でわからないことがあれば

すぐ姉さんに聞いてみます。

本屋や雑誌を読んでいるときも

理解できなかったり

気になるところがあれば

必ず姉さんに確認してみます。

 

公的なサービスの情報

夕飯の献立

子どもたちの学校のこと

芸能情報

ダイエットのこと

 

特に今は

ブログ運営のうえでわからないことは

常に姉さんに聞いています。

 

かたときも離れられない存在です。

 

Google mapにいたっては

もう彼氏のような存在です。

 

彼のおかげで

いろんなところに

スムーズに足を運ぶことができて

めんどくさがり屋のわたしでも

ずいぶん行動範囲が広がりました。

 

これは腰の重い自分にとって

人生を変えてくれた存在といっても

決して大袈裟ではありません。

 

自己啓発本の中でも

大卒で成功している著名人の発言でも

「大学は意味がない」とか

「学校の勉強は必要ない」

とおっしゃってるかたが多いです。

わからないことは

全部Googleが教えてくれるから。

 

わたしは勉強が苦手で

大学も出ていないので

比較が出来ないですが、

たしかに「知識を得る」

という意味ではそうかも知れないですね。

 

学校が必要じゃない

とは言い切れないですが。

 

「学ぶ」とはどういうことか。

 

何年もGoogle姉さんに頼ってきて、

ちょっと姉さんに甘えすぎかな

と思うときもあります。

 

でも姉さんは情報は与えてくれても

その使いかたまで口出しはしません。

活用のしかたは自分で考えろ!

あとは行動するだけだ!

 

そうです。

甘えてるわけではない。

 

姉さんに聞いても理解できないこともあるし、

やりたくないときはやらないし。

 

必要なことは

情報を集めて精査し、

自分で判断し、

行動すること。

 

完成された情報を提供されて

「これをやりなさい」

「これが正解ですよ」

というのが学校なら

自分で考える力はつかないですよね。

 

学校に行くことで

逆にコミュニケーションがうまくいかず

苦しむことになる子もいるし。

 

学校が必要ないと言われることも

わかります。

 

わたし自身は

経済的にも成功しているとは

とても言えないですが、

 

疑問に思ったこと、

知りたいことを

いつでも好きなときに

自分から調べて学べられる

今の時代の環境を素晴らしいなぁ

と感じます。

 

このブログのテーマである「終活」

 

Google姉さんに出会ってなかったら

とても自分の力だけでは

やる気にならなかったなぁ〜

 

 

ただし、

自分がお願いした検索ワードで

姉さんが探し出してくれた情報が

必ずしも正しいものだとは限らないし、

自分のスタイルと違うものもあるから

きちんと見極める力は持っていたいですね。

 

情報で溢れている世の中で、

ただ流されるだけの生き方は

したくないです。

 

自分で調べて自分の頭で考えて

行動する。

それがわたしにとっての「学ぶ」です。

 

とにかく

 

Google姉さん!いつもありがとう‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祝!義母90歳 ①

ばけみです。

 

同居の義母がこの秋で90歳を迎えます。

90歳のお祝いを卒寿というそうです。

 

長寿のお祝いは

 

還暦(60歳) 緑寿(66歳) 古希(70歳)

喜寿(77歳) 傘寿(80歳) 米寿(88歳)

卒寿(90歳) 白寿(99歳) 百寿(100歳)

皇寿(111歳)   大還暦(120歳)

 

凄い!こんなに⁉︎

超高齢化の日本では、

これくらいのお祝いが

当たり前に出来る時代なんですね。

 

ちなみに66歳の緑寿は、

65歳で定年退職して

新たなスタートをお祝いするということで

2002年に制定されたそうです。

 

60代なんて、まだまだ現役バリバリで

元気な方も多いですから、

もう今の時代では

長寿のお祝いをする世代ではない

ような気がしますよね。

 

ですが、

やはりここまて生き抜いてきたわけですから、

あらためてその節目節目で

尊敬と感謝を表していきたいものです。

 

義母は半世紀以上、

義父に尽くしきってきた人生でした。

 

寡黙で、特に義母に対しては厳格で

亭主関白な義父の態度は、

ときにわたしのほうが

腹を立ててしまうくらいでした。

ただただ不器用で

愛情表現が苦手な人だったのですが、

そんな義父のことを義母はちゃんと理解して、

ときに傷つき落ち込みながらも、

本当によく尽くしていたと思います。

 

そんな義母でしたから、

3年前に義父が逝ったときには

精神的にも相当弱ってしまうのではないかと

暫くは心配していましたが、

そういうこともなく好きな時間に出かけ、

好きなテレビ番組を独占でき、

好きな時に好きな物を食べ、

決して贅沢ではないですが

ささやかな自由を満喫しているようにも感じます。

 

そりゃ、人生の伴侶を失ったわけですから

悲しみも大きかったとは思いますが、

それも長い時間ではなく

早々に切り替えたようです。

 

それはきっと、

義母が「尽くしきった」

という達成感のようなものの中で

義父を送ることが出来たから

ではないかと思います。

 

悔しいけど少し羨ましいです。

 

わたしは尽くしているとは言えないし、

今後もそんなに尽くすつもりはないですし。

 

いやいや、そんなことはない!

 

ちゃんと尽くす‥‥

尽くしてるっぽく振る舞ってみます!

頑張ります‼︎

 

昨年、義母は

高齢による脳梗塞ということで

病院に運ばれるようなこともあって、

左半身がだいぶ力が入らなくなってしまったり、

春先に風邪をこじらせて

1ヶ月くらい寝たきりになり

家族で分担してお世話をしなければならない 

時期もありました。

今はかなり落ち着いていて、

年齢のわりには身なりもきれいにしているし、

洗濯や掃除など自分のこともきちんと出来ています。

 

高齢化社会の今、

老々介護を強いられていたり、

親の介護のために

仕事を辞めなければならなかったり、

大変苦しい状況の中で生活している方も

相当多いと思います。

 

そんな中、

元気に過ごしてくれている義母に

あらためて感謝しなければならない

と思います。

 

長寿のお祝いは

数え年でお祝いするのか満年齢なのか、

お誕生日とは別の日に

お祝いしたほうがいいのか。

今の時代、

その家庭それぞれでいいようです。

90歳の卒寿も

88歳の米寿から2年しか経ってないので

省くところも多いようです。

わたしも義母の90歳のお祝いを

どうしようか調べていいて

はじめて卒寿を知りました。

 

ですが、

やはり感謝の気持ちを伝えたいです。

 

90歳のお誕生日には

義母の好きな「うな重」にしよう

と計画しています。

 

うな重

 

なんて素敵な響きでしょう。

我が家の家計ではなかなか手が届かず、

もう何年も食していない気がします!

 

うな重食べたい!

 

これはもう義母の卒寿のお祝いに乗っかって

頑張って用意しましょう。

 

お誕生日まで超節約メニュー。

お誕生日後も超超節約メニュー。

 

うな重」のため。

 

いや義母の卒寿のお祝いのためです。