ばけみの終活

最後まで明るく生き抜くためのブログ

頭が固い。体も固い。

ばけみです。

 

年齢を重ねると

頭が固くなるって本当でしょうか。

「頭が固い」というのは、

考え方が柔軟でなく

物の見方に偏りがあることを指します。

 

「頑固オヤジ」ってことばもありますよね。

 

脳の研究では、

加齢により脳が劣化することはない

ということですが、

脳の一部の前頭葉

加齢により萎縮することで

感情のコントロール

できなくなってくるようなのです。

 

脳は劣化しないが

感情は老化するってことでしょうか。

 

脳科学の難しい話しは置いておいて、

実際に感じる

「頭が固い」という現象は

 

・融通がきかない

・変化を嫌う

・人の意見を聞けない

・自分の意見に固執する

 

などなど‥‥

ろくなもんじゃないですね。

 

年齢に関係なく

もともとの性格もあるのでしょうが、

わたし自身も少々自覚があります。

なんていうんでしょう、

考え方や行動が型に

はまってしまっているというか、

新しい展開にはならないんですよね。

 

体も固いです。

 

体の固さと頭の固さって、

何か関係があるのでしょうか。

体が固いと

頭もキューッと締め付けられてるいるような気はします。

逆に全身が緩まっていると

気分も軽くなりますよね。

 

50歳を過ぎたくらいから、

日々のケアでは

完全に緩めきることができなくなってきました。

 

それでも体の固さは入念なストレッチしたり

運動をしたりして、

ある程度改善することはできるかも知れませんが、

頭を柔らかくするにはどうすればいいんでしょうか。

 

いわいる「頑固オヤジ」の頭を柔らかくするのは

相当難しそうですよね。

そもそも柔らかくする気もないだろうし。

 

いやいや、人のことはいいんです。

「頑固」な人も自分の人生。

そのままでOK。

 

わたしは2020年コロナ禍で、

いろいろ考えることがありました。

 

今年3月から6月くらいまで、

家族と過ごす時間が長かった

というかたも多かったと思いますが、

我が家は幼い子供もいないし、

みんなそれぞれが携帯で

漫画や動画をみていることが多くて、

我が家の人間に

最近どんな動画を観てるのか

聞いてみたりしました。

 

わたしはといえば

気になるアーティストのPVや

ライブ映像やドラマの見逃し配信くらいで、

少々飽きてきてしまっていたので

何か面白いものないのかなぁと思ったんですね。

 

まぁ、みんなそれぞれでスポーツ中継、

芸人さんのユーチューブ、心霊スポットめぐり、

車の修理動画、ひたすら走る鉄道の動画、

末っ子は生魚が苦手で食べられないくせに

魚をさばいて調理するという動画。

 

いろいろ教えてもらって、なんとなく観てたら、

正直くだらないなぁ低俗だわぁ〜

というものも多いんですが、なかなか面白くて、

いろんな動画を見るようになりました。

普段こんなに家にいる時間なかったですからね。

 

ブログを始めたのも

自分の息子と同じくらいの年齢のブロガーさんの

ユーチューブを見たのがきっかけです。

 

ブログのはじめかたもそうですが、

仕事としての考えかたが

メチャメチャわかりやすくて、

なによりもその考えかたが柔軟!

頭柔らかいなぁと感心しまして。

 

最近は教育系ユーチューブというのも多いらしいんですが、

学校やスクールの

なんというか型にはまったやりかたではなく、

ブログを続けていくうえでのメンタル的な部分もすごく励まされて、

「あ、ブログはじめよ」「すぐはじめよ!」

と思って知識ゼロのままいきなり開設してしまいました。

 

まあ、そのかたのブログはおそらく

大学生とか20代の若者向けで

収益のためのテクニック

に重きを置いている感じなので

趣旨が若干違うのですが、

参考にさせてもらってます。

 

他にも面白系や

最近ウクレレ もはじめたのでレッスン動画や

若者ユーチューバーさんの動画も

結構チャンネル登録しちゃいました。

今となっては

あまりゆっくり観られないんですけどね。

 

頭と体の柔軟さって若者の特権ですよね。

 

わたしは自分と同じ世代の方に、

おそらくまだ長い残りの人生を

楽しんで生き抜いていきましょうということで

「終活」をテーマにブログを書き始めましたが、

日本全国の若者に、

若者の特権である今まさにフルで使える柔軟さを

思いっきり活用してほしいと思っています。

 

そして、そのままにしていれば

確実にコチコチになってしまう 

であろう大人たちは、

なんとか加齢に抗って

頭も体も緩める工夫をしましょう。

 

天気のいい日は大股で散歩したり、

お風呂上がりにゆったりストレッチしたり、

美味しいものを食べて、

面白いものを見てたくさん笑って。

 

自分自身を楽しませてあげてくださいね。

 

 

 

 

生きづらい世の中を生き抜くために

ばけみです。

 

悲しいお知らせと

嬉しいお知らせがあった日でした。

悲しいお知らせが先で

嬉しいお知らせが後です。

 

だからかも知れません。

後からきた嬉しいお知らせのおかげで

悲しい気持ちがほんの少し

薄らいだ気がします。

 

逆だったら‥‥

嬉しいお知らせが先で

悲しいお知らせが後だったら、

嬉しいお知らせは悲しいお知らせに

飲み込まれてしまったかも知れません。

 

それくらい悲しみの威力は

大きいのだと思います。

 

人は嬉しかった記憶はすぐに薄れてしまうのに、

嫌なことつらいこと、

不安や恐怖はいつまでも忘れることができないでいるのです。

 

なんなんでしょうねこの現象。

 

人の感情は放っておくと

ネガティブな思考のほうにいくそうです。

特に日本人は遺伝子的に

楽観的に物事を考えることが苦手で

自己肯定感(自分のことを認めてあげる力みたいなもの)が低いらしいのです。

 

遺伝子レベルの話しされても困りますよね。

どうにもならないじゃないか!

と思ってしまいますよね。

 

遠い昔、わたしたちの祖先は

様々な危険を回避して生きるために、

その可能性があるものに注意をむけるようにして

生き延びてきたのです。

その思考が現代にも続いている

ということなのでしょうが、

そうやって生き延びてきた現代はどうでしょうか。

 

生き延びてきた祖先の遺伝子のために

ネガティブ思考に追い込まれて、

自分自身の命を絶つ

という最悪の選択をしてしまう危険もあるのです。


自分のネガティブな感情の動きを

冷静に分析するためにも

知識が必要だとは思います。

わたしも今よりもっと若い頃、

苦しいと感じる時期があって、

たくさんの啓発本を

何回も何回も繰り返し読みました。

どうやって前を向けるようにするか、

マイナス思考をプラスに変換できるのか

実践もしてみました。

調子のいいときはうまくいきます。

しばらくは元気に振る舞えるんです。
でも、持続するのがなかなか難しいんです。

人間の思考って本当に厄介ですよね。

嬉しいことや楽しいことだけ考えていれば

ハッピーなはずなのに、

自ら悪い方へ悪い方へと導いてしまうんですから。

自分自身のことでもそうですが、

身近な人が

ネガティブな渦の真っ只中にいるとしたら、

引き上げるのは難しいし、

励ましや労りの言葉などは

ほとんど効かないような気がします。

わたし自身は今現在、

わりと平常に近い精神状態ですが、

自分がネガティブな渦の中にいるときのことを

想像すると、おそらく何を言われても

心に響かないのではないかと思います。

ただ、いつも何かのきっかけで

少しずつ痛みが薄れていき、

平常値に戻ることができています。

その「何か」ってなんだろう。

専門家の方の著書はたくさん読んで

多少の知識はありますが、

わたしは専門家ではありません。

ネガティブ思考→ポジティブ思考の変換方法は、

もしかしたら、

その知識のおかげで自然に身について

無意識に実践できていて、

だからこうして生き延びているのかも知れません。

が、


専門家ではないわたしに

何が出来るか考えてみました。

とにかく

いつも自分自身が

機嫌良くしていることです。

誰かに機嫌をとってもらったり、

誰かの言葉に一喜一憂するのではなく、

自分の機嫌は自分でとり、

穏やかに過ごすことです。

 

それが簡単に出来ないから苦しいわけですが、

何の技術も持っていない自分に出来ることは

それくらいのことしかないとも思います。

 

いつも機嫌よく穏やかでいることって

自分自身にとっても他の人にとっても、

最高のボランティアだと思いませんか。

 

いつもイライラして

怒っている人がそばにいたら、

それだけで緊張します。

 

そうしないでいるだけでも

自分の近くにいる人が

少しは安心してくれるような気がします。

 

間違った選択をしそうになったとき、

本当はもっと的確なアドバイスができたり、

励ましたりできるのかも知れません。

 

でも、その前に普段から機嫌よくしていよう。

世の中が機嫌がいい人で溢れていたら

ホッとするよ。

 

そんなの難しい。

 

わかってる。

 

だからこそ、

出来るだけ機嫌よくしていよう。

 

 

 

 

50歳からの終活は早いのか?

ばけみです。

 

終活って何歳から始めるのが正解なんでしょう。

 

従来の考え方だと

平均的に65歳前後くらい

と言われてもいるみたいですが、

決まりはないようです。

 

それはそうですよね。

ひとそれぞれ人生の終わりがいつくるかは

誰にも予測できないことですから。

 

50代でもまだ早いのかと思っていましたが、

20代30代でも終活を始めているかたもいるそうです。

 

それはさすがに早すぎではないか

という気がしますよね。

でも、今もし身内の介護で苦労されていたり、

辛い死別を経験していたり、

その他にも

自分の人生につまづいていたりしたら‥‥

考えてしまいますよね。

これからのことを。

 

若いころからの終活というのも

断然ありだと思います。

 

むしろ遅すぎるほうが困ります。

いつ病気や怪我に見舞われるかわからない。

まして死はだれにでも確実におとずれます。

 

今から終わりのときまでの時の長さは

誰にもわからないけれど、

そのときまで出来る限り

健康で充実した人生を歩むために、

まずは自分自身のための終活を

はじめることをおすすめします。

 

なにを持って充実なのか‥‥

というのも人それぞれですが、

まずは出来る限り心身ともに

健康で生き抜きたいですよね。

 

老化は避けられないでしょう。

怪我や病気をすることもあるでしょう。

精神的に苦しいときもあるでしょう。

完全な健康体を保つのは難しいことです。

でも、だからこそ日々自分のことを知り、

労ってあげたいですね。

自分の体のことも心のことも

1番理解してあげられるのは自分自身ですから。

 

自分のことを自分自身で振り返るために、

自分の基本情報を書き出してみましょう。

 

数ある市販のエンディングノートのほとんどに

自分のプロフィールを記入する項目があります。

 

初めは何をどんなふうに書いていいか

悩むこともあると思うので、

それらの一冊を購入して

記入欄に書き込んでみる

というのもありかもしれませんが、

あまり形にこだわらず、

まずは自由に書いてみることをおすすめします。

 

いろいろ書いているうちに

自分にあったノートのスタイルや

デザインがわかってくると思います。

書き込み式の紙のノートもあれば、

PCやスマホに保存するデジタルエンディングノート

という考えかたもあります。

 

どちらにもメリット・デメリットがあります。

 

自分がどのスタイルが書きやすいか、

1番見てほしいひとに

伝わりやすいようにするにはどうすればいいか。

 

とにかく実際に書きはじめてみると、

なんとなく方向性が見えてくるはずです。

 

まずは書いてみましょう!

 

自分のプロフィールなら難しくはないですよね。

 

・氏名

・生年月日

・血液型

・出生地

・住所

・電話番号

・メールアドレス

 

などの基本情報から

 

趣味や特技、好きな色、好きな食べ物、

苦手なこと、長所短所、性格、生い立ち、

今思っていることなど、

好きなように出来るだけ詳しく書けるだけ書いてみて。

後で整理すればオッケーです。

 

イラストを描いてもよし、

図を入れてもよし、

誤字脱字どんとこい!

自分がわかればいいんだから。

 

とりあえず書いてみないと何も始まりません。

 

エンディングノート

終活の最大のツールですからね。

わたしももう少し肉付けしちゃお〜

 

まずは自分のことを書いて、

その後のことはまた考えましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更年期ですが何か?

ばけみです。

 


2020年が明けるのを待たず53歳を迎えます。

45〜55才くらいまでの10年間を

更年期というそうですがドンピシャです。

 

もちろん個人差はあると思います。

若年性更年期障害といって

30才代でなるかたもいるそうですし、

知り合いの80代のご婦人は

50代で更年期障害になってから

ずっと続いているとおっしゃっています。

それは出来れば避けたいですよね。

 

わたしの場合は、2、3ヶ月に一度くらいですが

激しい偏頭痛に襲われて一日寝込みます。

神経科で検査もしてもらいましたが

年齢的にも生理の前後などで

ホルモンのバランスが崩れてくる

偏頭痛であろうと、

なんだか納得しかねる説明をされて、

(医師の説明が悪いというか、

わたしの理解力が足りないのかも)

ようするに更年期ということらしいです。

 

「更年期過ぎるとグッと楽になるなるわよ」

と、人生の先輩方に言われることも多いですが、

これも個人差はあるのでしょうが、

是非信じたい助言です。

体が気持ちについていけない、

やることはたくさんあるのにサクサク動けない。

疲れやすい。

残りの人生このペースはキツいですわ。

 

更年期を理由に

いろいろサボっちゃってもいいかなぁ

と甘えることも考えます。

家事や育児や仕事で

もう何年もバタバタしてきて、

まだ完全に

子育てが終わったわけではないですが、

この更年期の症状が

ちょっと休んでもいいんじゃない?

のサインなんじゃないかなぁ

と都合よく思ったりします。

 

体が動けると

何も考えずに頑張れちゃうじゃないですか。

少しづつ体のあちこちにガタがきはじめて

改めてこれからのことを考えよう

と思うんじゃないでしょうか。

最近、自分よりだいぶ若い人に

「あちこちガタがきて、もう年だわあ」とか

「体力落ちたわー」と言われると

なんかムカッとしちゃいますけどね。

まあ老化の道をたどるのは

遅かれ早かれ人類みな一緒ですから

労わり合いましょう!

 

というわけで、「母さん、今更年期だから!」

と言ってはだいぶ手を抜かせてもらってます。

感謝!


家族が寛大というか、

我が家の場合は

半ば強引にサボらせてもらえてますが、

そうできない方も多いですよね。

わたしも手抜き料理が続いたり、

部屋が散らかってたりすると、

主婦という立場上

なんだか後ろめたい気持ちにもなります。

 

それでもなんとか

無理しない環境を作って休めるように

工夫してくださいね。

自分の体を1番労われるのは自分です。

 

これを超えたらグッと楽になるわよ〜

という言葉を信じて

なんとか乗り切りましょう!

 

 

 

断捨離しないとなぁ

ばけみです。

 

義母と同居しております。

御年90になる主人の母です。

 

同居して25年近く、

実の両親よりも長く暮らしています。

昭和一桁生まれの方って

皆さんどうなんでしょう。

義母はとにかく物が捨てられなくて

何十年も使っていない

特別に愛着のない物もとっておきます。

たとえば、

小さいものでいえば

雨の日の新聞って

濡れないようにビニールに入って配達されますが、

あのビニール。

ラッピングのリボン、包装紙。

きれいに外すして

保存しているならよいのですが、

どうにも再利用できない状態で

とにかくとっておくという感じで

再利用することはないから

どんどん増えていく。

炊飯器が壊れて新しいのを購入したのに、

それが壊れたときの予備にと言って

壊れた炊飯器を捨てずにとっておく。

いや、それはもう使えないのよー!

 

義母の陰口を言っているような感じ

になってしまいますが、

いや、なかなか乙女で

チャーミングな愛すべき人なんですよ。

(一応フォロー)

 

しかし、そんな感じで

何十年も主婦をしてきたわけですから、

あらゆるところに、

いろんな不要なものであふれているわけです。

 

さすがに今は

主婦としての主導権はわたしにありますが、

義母が必要と思ってとっておいたものは、

どんなものでも勝手に捨てるわけにはいきません。

 

大きな声では言えませんが、

義母が逝くまでは

もう少し辛抱しようと割り切ってます。

しかし、まあ、まだまだ元気そうですね笑

 

義母のことは置いておくとして、

自分自身は終活の一環として

断捨離をしたいと思っています。

 

断捨離の本や片付け本、

たくさん読みましたよ。

本を読んだりブログを読んだりして

その度にスイッチが入ってヤル気になります。

 

ヤル気にはなるんですよ。

3日間くらいは‥‥。

 

いや〜言いたくないけど

許していただけるのであれば

言い訳はいくらでもあります。

 

仕事を持ってる主婦は忙しいでしょ。 

一日あっという間だし、

一時期は家族8人というときもあったので、

その人数分物も多く、

衣類だけでも洗濯して畳んで片付けてと

なかなかの労働です。

 


そして何を隠そう、

わたしは整理下手で掃除が苦手です。

 

ただ改めて、義母のたくさんの

処分に困りそうなものたち

(いらないビニール袋や壊れた炊飯器などは別ですよ)、

着物や雑貨、亡くなった義理父のものなど、

いざとなったら処分の判断に困るだろうなぁ

と想像がつきます。

 

がしかし、乙女でチャーミングな義理母に

「そろそろ整理して処分してよー」

なんて、あ〜言えないです。

 

なので自分自身は自分の持ち物の処分で

子どもたちに負担をかけさせてはいけないなぁ

と思います。

それに、恥ずかしいかな。

自分がいなくなったときに

子どもたちがわたしが残したものを

チェックするの。

まあ、それも今とりあえず

元気に過ごしてるから言える

危機感ない気持ちなのかもしれないですね。

 

知識は頭の中にたくさんあるんですけどねー

 

やましたひでこさんの 断捨離

近藤麻理恵さんの 片付けの魔法

舛田光洋さんの そうじ力

 

そのほかにもたくさん何回も読んでますから。

自慢じゃないですが読むのは得意なんです。

わたしに足りないのは

圧倒的に行動力なんですよね。

それは重々承知してます。

頑張ります!て思うんですよ!

あ〜なんとかこの気持ち

継続できないもんですかね。

 

書きながらも 

イマイチやる気になってない感じがします。

とりあえず今週はやらないでしょう。

 

ブログを書く時間が‥‥とか、

ウクレレの練習する時間が‥‥とか

言い訳して。

 


でも、いつか、

近いうちに、

必ず、やると思います

‥‥‥たぶん。

 

 

 

ブログを書くということ

ばけみです。

 


文章を書くことは苦手です。

 


そんなわたしがブログをはじめたのは

終活をしようと決めたからです。

ある日当然、本当に急に

「そうだ!終活しよう!」と思ったわけですが、

そのためには、

そもそも終活とはなんぞや

というところから調べなければなりません。

平たい知識はありますが、

なんせ人生の締めくくりを考える

大事な活動ですから適当なことはできません。

 

育児のため仕事を離れてから、

復帰した仕事は体を動かす系のパートばかりで、

物事を調べて書きまとめるなどということは、

恐ろしいことに四半世紀以上していませんから、

とてもスムーズにいくとは思えません。

 

そこでブログです。

 

ブログを開設して投稿する形にしたら、

いやでもちゃんと調べて、 

きちんと文章にする努力が出来そうじゃないですか。

(甘いかな)

 

突然思いついてパッと始めてしまって 

(実際にはパッとではなく、

開設にはかなりてこずりました)

そんなに甘くはないだろう、

本当に続けらるのかい?

と自分でも疑いたくはなりますが。

 

実際始めてみて

恥ずかしいくらい文章はめちゃくちゃだし、

何度も何度も確認してポチッと投稿したのに

改めて読んでみると誤字脱字、

なにを伝えたいのか自分でもわからない。

 

もう少し文章力をつけてから

始めたほうがよかったのではとも思いましたが、

それじゃあ何年かかっても始められそうにないし、

そもそもどこまて書けたら文章力がついた

と言えるのか自分のレベルじゃ判断できないですしね。

 

とはいえ、家族にも「ブログ、はじめます!」

と宣言し、ほんの少しの先行投資もしてしまったので

後には引けません!

 

やるしかないわぁ〜

 

最近は諸先輩方のブログを読んで 

勉強させていただいてます。

文章力のないわたしでも、

専門的な記事、思わず吹き出してしまう面白い話、

辛口に現代をぶった斬る文章。

自由にのびのび書かれている文章は

文章力云々ではなく伝わります。

 

ブログの世界のルールというのはあるのでしょうが

正しい文章というよりも、

自分らしい表現で

わかりやすく伝えられるものが

書けるようになれたら嬉しいです。

自分らしい表現というのは

自分でも今は全くわからないですけど。

 

そのためには継続‥‥

書き続けるしかないんですね。

不思議なことに、

まだ知識もほとんどなく

文章力もないですが、

なんとなくスラスラ

思いつくまま書けてはいます。

文章を書くことは苦手ですが、

嫌いではなさそうです。

 

この文章も投稿したあとに、

またガッカリするんでしょうけど、

初心者ということで多目にみてください。

て、誰にも読まれる手応えはないので

誰に許しを求めているのかわかりませんが

「三歩進んで二歩下がる」

チータも歌ってる!

チータわからないか、水前寺清子

 

とにかく一歩踏み出さないと。

なんとか三歩進めても、

まず間違いなく二歩下がる

ことは避けられない覚悟です。

そんなもんだと思いながら進めていきます。

今このとき

ブログを始めようしている同士が

たくさんいると思いますが、

時々凹みながらも続けていきましょ!

(凹むのわたしだけかな)

 

あと、もうひとつプチ挑戦していて。

ブログを始めるには

PCは必須という記事が多いですが、

このブログはiPhoneで開設して

iPhoneで投稿しています。

我が家にもPCはあるのですが

iPhoneを手にしてから

PCを開くことがほとんどなくなって、

そもそもパカっと開いて立ち上げるのが 

大した作業でもないのになんだかとても面倒で、

iPhoneで出来なくないなら

この際全てiPhoneだけでやってみるのも

面白いかなぁと。

これが、PC開くだけの作業は面倒なのに、

iPhoneでの操作に四苦八苦することは

面倒でないという体質(?)らしく、

ひとつひとつのことがクリアしたときに

「おぉ、できた!」

とひとりで感動したりしてます。

(最初だけかな)

 

それでも検索にPC、

入力にiPhone

ということもしたりして

PCさんにも頼ることも多いですが‥‥。

普通は逆なんでしょうかね。

とにかく決まりないですもんね。

 

とりあえず、この記事も

何回も何回も確認してポチッと投稿して

‥‥凹むんだろうなぁ。

 

精進します。

 

おひとりさまもエンディングノート

ばけみです。

 


大家族で生活していても、

おひとりで生活していても

健康に暮らしをおくっていると、

死と向き合う時間は少ないと思いますが、

あるときフッと老後のことや

死を迎えるときのことを想像して、

不安に襲われることってありますよね。

日常に追われて、

忘れがちになっているのかも知れませんし、

考えたくない心理も働いてるのかもしれませんが、

老いと死は全ての人に訪れる現実ですから

正直怖いですよね。

 

エンディングノートは生前の意思を残し、

自分自身の死後のことを記すことで、

残された家族の負担を少なくするものですが、

おひとりで生活しているかたはどうでしょう。

 

家族と疎遠になっていたり、

連絡できる親族もおらず、

おひとりで生活している方も多いと思いますが、

決して一人の力で生きているのではありません。

 

わたしたちは誰でも、

社会のルールに守られて

社会のサービスを利用することで

生活をしていられるのです。

よく言われる「孤独死」という言葉がありますが、

全ての人は死ぬときにはたった一人です。

 

しかし、もしあなたが

たった一人で死を迎えることになったとして、

あなたの亡骸を葬ってくれるのも

住居などの後処理などをしてくれるのも

残された「人」です。

絶対に誰かの力を借りるのです。

 


核家族、未婚率、高齢化社会を考えると、

一人で亡くなっていく方は

今後ますます増えるでしょう。

孤独死」という言葉は暗くて辛いイメージですが、

自分の意思を残し、

最後まで生き抜くことができたなら、

それは素敵なことじゃないでしょうか。

 

現実は、

そんなに簡単に整理がつくものでないと思います。

正直わたしも自信はありません。

 

孤独死」という言葉。

 

なんだか悲しいですよね。

もっと他の言い方がないですかね。

わたしはあまり好きではないです。

 

孤独に生きていると感じ、

まだ若いうちに希望を捨てて

生命を絶つ若者が増えています。

 

わたしたちに何ができるでしょう。


「気づいてあげる」

「声をかけてあげる」

「聞いてあげる」

それはとても大事なことです。

そして簡単なことでもないです。

 

生きていることが辛くて追い込まれている人に

「なぜ生きていかなければならないのか」

そう問われたら

引き止める正確な答えが出せるでしょうか。

 

話しが逸れてしまいました。

自死ではなくて「孤独死」も多い中、

この世に生きている全ての人が

真剣に考えていかなければならないことですね。

自分の頭で考え、

自分のためにも人のためにも何ができるのか、

なぜ生きていかなければならないのか。

 


エンディングノートは‥‥

エンディングノートという言葉に縛られてしまうと

書き方にこだわってしまいそうですが、

自分自身のことを見直すために、

まずは自分のために、

自分のことを整理していくために

書いてみてはどうでしょう。

最初は型通りのプロフィールだけでもいいでしょう。

自分の生い立ちからの年表を書き、

その時々のことを少しづつ肉付きして、

嬉しいことも苦しいこともあると思いますが、

ただ書くことに集中するのです。

今日まで生きてきたのです。

生きている限り、

常に自分が主役で

本気で自分を助けられるのは自分自信です。

 

エンディングノートに書き記す作業は、

思っている以上に奥が深いです。

具体的で有益な情報を提供して共有できるように、

もっともっと勉強していきます!