ばけみのワルあがき

最後まで明るく生き抜くためのブログ

Google姉さんに聞いてみる

 

 

Googleで検索するのが大好きです。

 

世間ではGoogleで検索をすることを

ググる」というようですが、

わたしは「Google姉さんに聞いてみる」

と言っています。

 

Googleが設立されたのは1998年なので

自分の子どもくらいの誕生ですが、

わたしにとっては、

人生の先輩のような存在です。

 

家族との会話でわからないことがあれば

すぐ姉さんに聞いてみます。

本屋や雑誌を読んでいるときも

理解できなかったり

気になるところがあれば

必ず姉さんに確認してみます。

 

公的なサービスの情報

夕飯の献立

子どもたちの学校のこと

芸能情報

ダイエットのこと

 

特に今は

ブログ運営のうえでわからないことは

常に姉さんに聞いています。

 

かたときも離れられない存在です。

 

Google mapにいたっては

もう彼氏のような存在です。

 

彼のおかげで

いろんなところに

スムーズに足を運ぶことができて

めんどくさがり屋のわたしでも

ずいぶん行動範囲が広がりました。

 

これは腰の重い自分にとって

人生を変えてくれた存在といっても

決して大袈裟ではありません。

 

自己啓発本の中でも

大卒で成功している著名人の発言でも

「大学は意味がない」とか

「学校の勉強は必要ない」

とおっしゃってるかたが多いです。

わからないことは

全部Googleが教えてくれるから。

 

わたしは勉強が苦手で

大学も出ていないので

比較が出来ないですが、

たしかに「知識を得る」

という意味ではそうかも知れないですね。

 

学校が必要じゃない

とは言い切れないですが。

 

「学ぶ」とはどういうことか。

 

何年もGoogle姉さんに頼ってきて、

ちょっと姉さんに甘えすぎかな

と思うときもあります。

 

でも姉さんは情報は与えてくれても

その使いかたまで口出しはしません。

活用のしかたは自分で考えろ!

あとは行動するだけだ!

 

そうです。

甘えてるわけではない。

 

姉さんに聞いても理解できないこともあるし、

やりたくないときはやらないし。

 

必要なことは

情報を集めて精査し、

自分で判断し、

行動すること。

 

完成された情報を提供されて

「これをやりなさい」

「これが正解ですよ」

というのが学校なら

自分で考える力はつかないですよね。

 

学校に行くことで

逆にコミュニケーションがうまくいかず

苦しむことになる子もいるし。

 

学校が必要ないと言われることも

わかります。

 

わたし自身は

経済的にも成功しているとは

とても言えないですが、

 

疑問に思ったこと、

知りたいことを

いつでも好きなときに

自分から調べて学べられる

今の時代の環境を素晴らしいなぁ

と感じます。

 

このブログのテーマである「終活」

 

Google姉さんに出会ってなかったら

とても自分の力だけでは

やる気にならなかったなぁ〜

 

 

ただし、

自分がお願いした検索ワードで

姉さんが探し出してくれた情報が

必ずしも正しいものだとは限らないし、

自分のスタイルと違うものもあるから

きちんと見極める力は持っていたいですね。

 

情報で溢れている世の中で、

ただ流されるだけの生き方は

したくないです。

 

自分で調べて自分の頭で考えて

行動する。

それがわたしにとっての「学ぶ」です。

 

とにかく

 

Google姉さん!いつもありがとう‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祝!義母90歳 ①

 

同居の義母がこの秋で90歳を迎えます。

90歳のお祝いを卒寿というそうです。

 

長寿のお祝いは

 

還暦(60歳) 緑寿(66歳) 古希(70歳)

喜寿(77歳) 傘寿(80歳) 米寿(88歳)

卒寿(90歳) 白寿(99歳) 百寿(100歳)

皇寿(111歳)   大還暦(120歳)

 

凄い!こんなに⁉︎

超高齢化の日本では、

これくらいのお祝いが

当たり前に出来る時代なんですね。

 

ちなみに66歳の緑寿は、

65歳で定年退職して

新たなスタートをお祝いするということで

2002年に制定されたそうです。

 

60代なんて、まだまだ現役バリバリで

元気な方も多いですから、

もう今の時代では

長寿のお祝いをする世代ではない

ような気がしますよね。

 

ですが、

やはりここまて生き抜いてきたわけですから、

あらためてその節目節目で

尊敬と感謝を表していきたいものです。

 

義母は半世紀以上、

義父に尽くしきってきた人生でした。

 

寡黙で、特に義母に対しては厳格で

亭主関白な義父の態度は、

ときにわたしのほうが

腹を立ててしまうくらいでした。

ただただ不器用で

愛情表現が苦手な人だったのですが、

そんな義父のことを義母はちゃんと理解して、

ときに傷つき落ち込みながらも、

本当によく尽くしていたと思います。

 

そんな義母でしたから、

3年前に義父が逝ったときには

精神的にも相当弱ってしまうのではないかと

暫くは心配していましたが、

そういうこともなく好きな時間に出かけ、

好きなテレビ番組を独占でき、

好きな時に好きな物を食べ、

決して贅沢ではないですが

ささやかな自由を満喫しているようにも感じます。

 

そりゃ、人生の伴侶を失ったわけですから

悲しみも大きかったとは思いますが、

それも長い時間ではなく

早々に切り替えたようです。

 

それはきっと、

義母が「尽くしきった」

という達成感のようなものの中で

義父を送ることが出来たから

ではないかと思います。

 

悔しいけど少し羨ましいです。

 

わたしは尽くしているとは言えないし、

今後もそんなに尽くすつもりはないですし。

 

いやいや、そんなことはない!

 

ちゃんと尽くす‥‥

尽くしてるっぽく振る舞ってみます!

頑張ります‼︎

 

昨年、義母は

高齢による脳梗塞ということで

病院に運ばれるようなこともあって、

左半身がだいぶ力が入らなくなってしまったり、

春先に風邪をこじらせて

1ヶ月くらい寝たきりになり

家族で分担してお世話をしなければならない 

時期もありました。

今はかなり落ち着いていて、

年齢のわりには身なりもきれいにしているし、

洗濯や掃除など自分のこともきちんと出来ています。

 

高齢化社会の今、

老々介護を強いられていたり、

親の介護のために

仕事を辞めなければならなかったり、

大変苦しい状況の中で生活している方も

相当多いと思います。

 

そんな中、

元気に過ごしてくれている義母に

あらためて感謝しなければならない

と思います。

 

長寿のお祝いは

数え年でお祝いするのか満年齢なのか、

お誕生日とは別の日に

お祝いしたほうがいいのか。

今の時代、

その家庭それぞれでいいようです。

90歳の卒寿も

88歳の米寿から2年しか経ってないので

省くところも多いようです。

わたしも義母の90歳のお祝いを

どうしようか調べていいて

はじめて卒寿を知りました。

 

ですが、

やはり感謝の気持ちを伝えたいです。

 

90歳のお誕生日には

義母の好きな「うな重」にしよう

と計画しています。

 

うな重

 

なんて素敵な響きでしょう。

我が家の家計ではなかなか手が届かず、

もう何年も食していない気がします!

 

うな重食べたい!

 

これはもう義母の卒寿のお祝いに乗っかって

頑張って用意しましょう。

 

お誕生日まで超節約メニュー。

お誕生日後も超超節約メニュー。

 

うな重」のため。

 

いや義母の卒寿のお祝いのためです。

 

若いからこそ出来ること。オトナだから気付けること。

 

わたしは若いころ、

超がつくほどのなまけものでした。

まあ、今がなまけものじゃない

ってわけではないですけどね。

きっと、やれば出来る子なんですが

(過保護の親がよく言うセリフ)

わたしの両親は良くも悪くも放任で

宿題をやれとか成績のことも

うるさく言われたことがありません。

ある意味恵まれた環境ということもあり、

何かを努力してやるなんて発想はなく、

とにかくボーッとしてた気がします。

 

そんなわたしが生まれて半世紀を過ぎて

初めて自ら挑戦してることがあります。

 

ウクレレ です。

 

コロナで自粛モードになり始めた頃、

なんとなく

ウクレレ でも、はじめようかなあ」と

ぼそっと呟いたのを

優しい次男が聞き流すわけがなく、

Amazonでポチっとしてくれていたのでした。

 

いや、そうは言っても

飽きっぽいわたしが

絶対に、続くわけはないから

自分では決して購入することはなかったでしょう。

 

しかし、

「頼んでおいたから、母の日のプレゼントってことで」と言われ、

おぉ嬉しい!という気持ちと、

いやいや待て待て

せっかく買ってくれても

ちゃんと続けられるのか

という不安と半々で‥‥大丈夫かな。 

 

それでもだんだん楽しみになってきて、

届いたらすぐに弾けるようになりたいと思って、

息子のギターを触ってみたり、

レッスン動画を見て予習したりしていました。

 

ウクレレ 」「初心者」「すぐ弾ける」

で検索すれば出てくる出てくるレッスン動画。

無料の動画でいつでも学べるなんて、

なんて便利な時代でしょう。

 

コロナの影響で

ギターやウクレレ を始めよう

という同じ考えの方も多かったみたいで

2か月待ちぐらいということだったのすが、

もう待ち遠しくて待ち遠しくて。

 

予習バッチリで

待ちに待ったウクレレ が届いた日。

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小さくて可愛いその弦楽器に

テンションが上がる上がる!

早速予習していたコードを弾くと、

あらら予習のかいあって、

結構上手に音が出せて

更にテンションが上がり

2週間くらいは

何曲か好きなJPOPの簡単コードを

口ずさみながら弾いたりしてみました。

 

ウクレレ 、楽しい!

 

が、わたしが弾きたいのは

ソロ演奏というやつです。

 

初心者動画で多いのはコード弾きといって、

弦のコードを押さえて

全てのコードをジャカジャカ伴奏だけ弾いて

歌いながら演奏する弾き語り。

 

ソロ演奏は、

メロディ(歌パート)と伴奏(リズムパート)の

両方を一本で演奏するものです。

 

これも自粛期間中に

サザンの「真夏の果実」を

ソロ演奏している動画に出会い、

すごい!こんな風に弾けるようになりたい!!

と思い、

しかもサザンの曲中で

真夏の果実」1番好きなんですよ。

好きな曲が自分で演奏出来たら

気持ちよさそうですよね〜。

 

これを目標に、まずは基礎練習、

簡単なコード弾きを順調に進め2ヶ月、

そろそろ挑戦出来るだろうと

真夏の果実」の楽譜をダウンロードして

(楽譜もダウンロードで買えるなんてこれも感動)

早速練習開始。

1ヶ月で完全マスターをいう目標をたてて

ワクワクしながらはじめましたが‥‥。

 

そんなに甘くなかった。

いや、甘いわけがない。

 

指が素早く動かない、

指が開かなくて弦から弦に届かない。

コード弾きではごまかせたけど、

ソロでは見事に全部音に出てしまう。

おまけに老眼で細かい楽譜が読みづらくて、

老眼鏡をかけながらやると

ウクレレ の弦がズレて見えてしまって

全然合わない。

(楽譜は後に拡大しました)

 

目は疲れるし、肩は凝る。

先行きが不安になってきました。

 

ところが‥‥なかなか上手く出来ないのに

 

楽しい!

 

自分のイメージした音が出ると、

もうかなり嬉しいものです。

ものすごくゆっくりな進歩ですが、

なかなか上手くいかなかったことが

あるときちょこっとだけ出来るようになるのが、

ちょっとした感動です。

 

「母さん、若い頃にこんなに練習してたら、

もっと早く上手くなれてかもね」

と言われたけど。

 

そうですね。

若い頃だったら

確かに飲み込みも早くて

サッサと弾けるようになってたかも知れません。

 

いやいや、面倒臭がりなわたしは、

出だしてちょっとでもつまづいてたら、

すぐにやめてしまっていたことでしょう。

自分のことです。

わかります。

ほんの少し努力すれば出来るようになるのに、

その努力が面倒なのです。

 

大人になった今だからわかること。

 

年齢を重ねてきたからこそ、

小さいひとつひとつのことが

確実に成果に繋がっていくことがわかる。

若いときからそれが

出来ている人も多いですけどね、

わたしはダメでした。

 

若いからこそ出来ること、

若いからこそ気づけないこと。

50過ぎたから気付けること、

出来にくいこと。

 

若いときの何倍も練習が必要かも知れないけど、

それも楽しい。

 

簡単だったらきっとつまらない。

きっと難しいから楽しい。

 

それがわかっただけでもオトナっていいわ〜

 

何か新しいことはじめましょ。

 

 

 

そして、プロアマ問わず

弦楽器を弾いている全てのミュージシャンに

敬意を表します。

 

みんな凄い!カッコイイ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人の定義

 

いつから大人になったのでしょう。

だいたい何歳からを

「大人」と言うのでしょうか。

 

そりゃあ成人式で

大人になったお祝いを

あれだけ大々的にやるのだから

20歳でしょう?

いやいや、20歳といえば

まだ学生さんも多いですからね。

そんな単純じゃないですよ。

 

大人の定義としては

 

精神的・金銭的に自立していて、

思慮分別があり、

社会的責任を負える十分に成長した人。

 

ということですが‥‥

 

高齢化社会とはいえ、

そのような立派な人って

どれくらいいるんでしょうかね。

 

わたくし、ばけみ53歳、

あらためてこの定義に当てはまっているか

と問われれば

かなり疑わしいと答えざるを得ません。

 

まだ幼い幼稚園・小学生くらいの頃は

20歳といばもう立派な大人。

子供からしたらおじさん・おばさんでした。

もう少し成長して中高生くらいになると

30代が大人。

20代くらいになると

4、50代が大人。

30代くらいだと

5、60代が大人。

という感覚だったかな。

 

大人がどんどんズレてきて、

いつまでたっても大人には近づけないですね。

そのうち死んでしまいます。

 

まあざっくりと、お酒が飲めるようになって、

タバコも吸えて、車の運転が出来れば大人?

 

いやいや、酒も飲まないタバコも吸わない、

車の運転もしない人もいますからね。

 

それじゃあ、自分で働き収入を得て

自立して生活することが出来ていれば大人かというと‥‥

 

資産家に生まれ

一生働かなくても生活出来てしまう人もいます。

大人(?)な考えを持った子供もいれば、

年配になっても自立できていない大人もいます。

 

わたしたちはいつまでも

大人に近づけるように

成長しながら生きていくんですね。

 

とはいえ、

自分の年齢より下の世代に

希望を与えられる人生の先輩ではいたいです。

 

仕事・家庭・子育てでの苦労、

事件・事故、災害、

病気・怪我など

世知辛い世の中で

責任を持って生きていかなければならないのが

大人です。

それでも大人って結構楽しいよ、

子供では出来ない

いろんなことにチャレンジ出来るんだよ、

ということを

身を持って教えられる大人でありたいものです。

 

50代って、まあ言ったら人生のど真ん中ですよね。

よく考えたら、

人生の一番いいときじゃなきでしょうか。

体の衰えは確かにあるけど、

お年寄りに比べればまだなんとか動けるし。

 

若者が未来の希望に向かって生きているとしたら、

お年を召した方は思い出を振り返る量が

圧倒的に多いんじゃないかと思います。

 

50代ってその両方持ち合わせていると感じます。

まだ未来にも

目を向けて生きられる期間があることと、

半世紀生きてきた様々な経験と

思い出も振り返り懐かしむことと、

両方味わえますよね。

 

「疲れたー」「しんどい〜」という姿ばかり見せていたら

若い世代に、

「大人って大変」

「働くってしんどい」と思わせてしまうでしょう。

 

実際、疲れるししんどいことも多いんですけどね。

それでも大人って結構いいよ〜

って伝えたいですね。

 

ただし、明るくバリバリ元気に働けて、

趣味も楽しんで、

ワクワクライフを送っていることだけが

いいわけではないです。

 

50代60代、年齢に関係なく、

経済的に苦しかったり、

病気や怪我で働けなくなったり、

親などの介護で自由な時間がなかったり‥‥

長く生きていればいるほど

誰もが何かを抱えて生きています。

全てを投げ出したくなることも

しょっちゅうありますよね。

 

そう思ってしまうときがあってもいいんです。

 

ほんの隙間でいいんですよ。

好きな音楽を聴いたり、

感動する物語を読んだり、

部屋にお花を飾ったり、

美味しいものを食べたり、

今の自分の中のささやかな幸せを

見つけ生きていけたら素敵です。

大人です。

 

若者に「大人はいいよ」

「頼まれても未熟な20歳には戻りたくないわ」

‥‥たぶん‥‥。

 

と言ってあげたいです。

 

 

頭が固い。体も固い。

 

 年齢を重ねると

頭が固くなるって本当でしょうか。

「頭が固い」というのは、

考え方が柔軟でなく

物の見方に偏りがあることを指します。

 

「頑固オヤジ」ってことばもありますよね。

 

脳の研究では、

加齢により脳が劣化することはない

ということですが、

脳の一部の前頭葉

加齢により萎縮することで

感情のコントロール

できなくなってくるようなのです。

 

脳は劣化しないが

感情は老化するってことでしょうか。

 

脳科学の難しい話しは置いておいて、

実際に感じる

「頭が固い」という現象は

 

・融通がきかない

・変化を嫌う

・人の意見を聞けない

・自分の意見に固執する

 

などなど‥‥

ろくなもんじゃないですね。

 

年齢に関係なく

もともとの性格もあるのでしょうが、

わたし自身も少々自覚があります。

なんていうんでしょう、

考え方や行動が型に

はまってしまっているというか、

新しい展開にはならないんですよね。

 

体も固いです。

 

体の固さと頭の固さって、

何か関係があるのでしょうか。

体が固いと

頭もキューッと締め付けられてるいるような気はします。

逆に全身が緩まっていると

気分も軽くなりますよね。

 

50歳を過ぎたくらいから、

日々のケアでは

完全に緩めきることができなくなってきました。

 

それでも体の固さは入念なストレッチしたり

運動をしたりして、

ある程度改善することはできるかも知れませんが、

頭を柔らかくするにはどうすればいいんでしょうか。

 

いわいる「頑固オヤジ」の頭を柔らかくするのは

相当難しそうですよね。

そもそも柔らかくする気もないだろうし。

 

いやいや、人のことはいいんです。

「頑固」な人も自分の人生。

そのままでOK。

 

わたしは2020年コロナ禍で、

いろいろ考えることがありました。

 

今年3月から6月くらいまで、

家族と過ごす時間が長かった

というかたも多かったと思いますが、

我が家は幼い子供もいないし、

みんなそれぞれが携帯で

漫画や動画をみていることが多くて、

我が家の人間に

最近どんな動画を観てるのか

聞いてみたりしました。

 

わたしはといえば

気になるアーティストのPVや

ライブ映像やドラマの見逃し配信くらいで、

少々飽きてきてしまっていたので

何か面白いものないのかなぁと思ったんですね。

 

まぁ、みんなそれぞれでスポーツ中継、

芸人さんのユーチューブ、心霊スポットめぐり、

車の修理動画、ひたすら走る鉄道の動画、

末っ子は生魚が苦手で食べられないくせに

魚をさばいて調理するという動画。

 

いろいろ教えてもらって、なんとなく観てたら、

正直くだらないなぁ低俗だわぁ〜

というものも多いんですが、なかなか面白くて、

いろんな動画を見るようになりました。

普段こんなに家にいる時間なかったですからね。

 

ブログを始めたのも

自分の息子と同じくらいの年齢のブロガーさんの

ユーチューブを見たのがきっかけです。

 

ブログのはじめかたもそうですが、

仕事としての考えかたが

メチャメチャわかりやすくて、

なによりもその考えかたが柔軟!

頭柔らかいなぁと感心しまして。

 

最近は教育系ユーチューブというのも多いらしいんですが、

学校やスクールの

なんというか型にはまったやりかたではなく、

ブログを続けていくうえでのメンタル的な部分もすごく励まされて、

「あ、ブログはじめよ」「すぐはじめよ!」

と思って知識ゼロのままいきなり開設してしまいました。

 

まあ、そのかたのブログはおそらく

大学生とか20代の若者向けで

収益のためのテクニック

に重きを置いている感じなので

趣旨が若干違うのですが、

参考にさせてもらってます。

 

他にも面白系や

最近ウクレレ もはじめたのでレッスン動画や

若者ユーチューバーさんの動画も

結構チャンネル登録しちゃいました。

今となっては

あまりゆっくり観られないんですけどね。

 

頭と体の柔軟さって若者の特権ですよね。

 

わたしは自分と同じ世代の方に、

おそらくまだ長い残りの人生を

楽しんで生き抜いていきましょうということで

「終活」をテーマにブログを書き始めましたが、

日本全国の若者に、

若者の特権である今まさにフルで使える柔軟さを

思いっきり活用してほしいと思っています。

 

そして、そのままにしていれば

確実にコチコチになってしまう 

であろう大人たちは、

なんとか加齢に抗って

頭も体も緩める工夫をしましょう。

 

天気のいい日は大股で散歩したり、

お風呂上がりにゆったりストレッチしたり、

美味しいものを食べて、

面白いものを見てたくさん笑って。

 

自分自身を楽しませてあげてくださいね。

 

 

 

 

生きづらい世の中を生き抜くために

 

悲しいお知らせと

嬉しいお知らせがあった日でした。

悲しいお知らせが先で

嬉しいお知らせが後です。

 

だからかも知れません。

後からきた嬉しいお知らせのおかげで

悲しい気持ちがほんの少し

薄らいだ気がします。

 

逆だったら‥‥

嬉しいお知らせが先で

悲しいお知らせが後だったら、

嬉しいお知らせは悲しいお知らせに

飲み込まれてしまったかも知れません。

 

それくらい悲しみの威力は

大きいのだと思います。

 

人は嬉しかった記憶はすぐに薄れてしまうのに、

嫌なことつらいこと、

不安や恐怖はいつまでも忘れることができないでいるのです。

 

なんなんでしょうねこの現象。

 

人の感情は放っておくと

ネガティブな思考のほうにいくそうです。

特に日本人は遺伝子的に

楽観的に物事を考えることが苦手で

自己肯定感(自分のことを認めてあげる力みたいなもの)が低いらしいのです。

 

遺伝子レベルの話しされても困りますよね。

どうにもならないじゃないか!

と思ってしまいますよね。

 

遠い昔、わたしたちの祖先は

様々な危険を回避して生きるために、

その可能性があるものに注意をむけるようにして

生き延びてきたのです。

その思考が現代にも続いている

ということなのでしょうが、

そうやって生き延びてきた現代はどうでしょうか。

 

生き延びてきた祖先の遺伝子のために

ネガティブ思考に追い込まれて、

自分自身の命を絶つ

という最悪の選択をしてしまう危険もあるのです。


自分のネガティブな感情の動きを

冷静に分析するためにも

知識が必要だとは思います。

わたしも今よりもっと若い頃、

苦しいと感じる時期があって、

たくさんの啓発本を

何回も何回も繰り返し読みました。

どうやって前を向けるようにするか、

マイナス思考をプラスに変換できるのか

実践もしてみました。

調子のいいときはうまくいきます。

しばらくは元気に振る舞えるんです。
でも、持続するのがなかなか難しいんです。

人間の思考って本当に厄介ですよね。

嬉しいことや楽しいことだけ考えていれば

ハッピーなはずなのに、

自ら悪い方へ悪い方へと導いてしまうんですから。

自分自身のことでもそうですが、

身近な人が

ネガティブな渦の真っ只中にいるとしたら、

引き上げるのは難しいし、

励ましや労りの言葉などは

ほとんど効かないような気がします。

わたし自身は今現在、

わりと平常に近い精神状態ですが、

自分がネガティブな渦の中にいるときのことを

想像すると、おそらく何を言われても

心に響かないのではないかと思います。

ただ、いつも何かのきっかけで

少しずつ痛みが薄れていき、

平常値に戻ることができています。

その「何か」ってなんだろう。

専門家の方の著書はたくさん読んで

多少の知識はありますが、

わたしは専門家ではありません。

ネガティブ思考→ポジティブ思考の変換方法は、

もしかしたら、

その知識のおかげで自然に身について

無意識に実践できていて、

だからこうして生き延びているのかも知れません。

が、


専門家ではないわたしに

何が出来るか考えてみました。

とにかく

いつも自分自身が

機嫌良くしていることです。

誰かに機嫌をとってもらったり、

誰かの言葉に一喜一憂するのではなく、

自分の機嫌は自分でとり、

穏やかに過ごすことです。

 

それが簡単に出来ないから苦しいわけですが、

何の技術も持っていない自分に出来ることは

それくらいのことしかないとも思います。

 

いつも機嫌よく穏やかでいることって

自分自身にとっても他の人にとっても、

最高のボランティアだと思いませんか。

 

いつもイライラして

怒っている人がそばにいたら、

それだけで緊張します。

 

そうしないでいるだけでも

自分の近くにいる人が

少しは安心してくれるような気がします。

 

間違った選択をしそうになったとき、

本当はもっと的確なアドバイスができたり、

励ましたりできるのかも知れません。

 

でも、その前に普段から機嫌よくしていよう。

世の中が機嫌がいい人で溢れていたら

ホッとするよ。

 

そんなの難しい。

 

わかってる。

 

だからこそ、

出来るだけ機嫌よくしていよう。

 

 

 

 

50歳からの終活は早いのか?

 

終活って何歳から始めるのが正解なんでしょう。

 

従来の考え方だと

平均的に65歳前後くらい

と言われてもいるみたいですが、

決まりはないようです。

 

それはそうですよね。

ひとそれぞれ人生の終わりがいつくるかは

誰にも予測できないことですから。

 

50代でもまだ早いのかと思っていましたが、

20代30代でも終活を始めているかたもいるそうです。

 

それはさすがに早すぎではないか

という気がしますよね。

でも、今もし身内の介護で苦労されていたり、

辛い死別を経験していたり、

その他にも

自分の人生につまづいていたりしたら‥‥

考えてしまいますよね。

これからのことを。

 

若いころからの終活というのも

断然ありだと思います。

 

むしろ遅すぎるほうが困ります。

いつ病気や怪我に見舞われるかわからない。

まして死はだれにでも確実におとずれます。

 

今から終わりのときまでの時の長さは

誰にもわからないけれど、

そのときまで出来る限り

健康で充実した人生を歩むために、

まずは自分自身のための終活を

はじめることをおすすめします。

 

なにを持って充実なのか‥‥

というのも人それぞれですが、

まずは出来る限り心身ともに

健康で生き抜きたいですよね。

 

老化は避けられないでしょう。

怪我や病気をすることもあるでしょう。

精神的に苦しいときもあるでしょう。

完全な健康体を保つのは難しいことです。

でも、だからこそ日々自分のことを知り、

労ってあげたいですね。

自分の体のことも心のことも

1番理解してあげられるのは自分自身ですから。

 

自分のことを自分自身で振り返るために、

自分の基本情報を書き出してみましょう。

 

数ある市販のエンディングノートのほとんどに

自分のプロフィールを記入する項目があります。

 

初めは何をどんなふうに書いていいか

悩むこともあると思うので、

それらの一冊を購入して

記入欄に書き込んでみる

というのもありかもしれませんが、

あまり形にこだわらず、

まずは自由に書いてみることをおすすめします。

 

いろいろ書いているうちに

自分にあったノートのスタイルや

デザインがわかってくると思います。

書き込み式の紙のノートもあれば、

PCやスマホに保存するデジタルエンディングノート

という考えかたもあります。

 

どちらにもメリット・デメリットがあります。

 

自分がどのスタイルが書きやすいか、

1番見てほしいひとに

伝わりやすいようにするにはどうすればいいか。

 

とにかく実際に書きはじめてみると、

なんとなく方向性が見えてくるはずです。

 

まずは書いてみましょう!

 

自分のプロフィールなら難しくはないですよね。

 

・氏名

・生年月日

・血液型

・出生地

・住所

・電話番号

・メールアドレス

 

などの基本情報から

 

趣味や特技、好きな色、好きな食べ物、

苦手なこと、長所短所、性格、生い立ち、

今思っていることなど、

好きなように出来るだけ詳しく書けるだけ書いてみて。

後で整理すればオッケーです。

 

イラストを描いてもよし、

図を入れてもよし、

誤字脱字どんとこい!

自分がわかればいいんだから。

 

とりあえず書いてみないと何も始まりません。

 

エンディングノート

終活の最大のツールですからね。

わたしももう少し肉付けしちゃお〜

 

まずは自分のことを書いて、

その後のことはまた考えましょう!